2019年01月14日

バレンタインとチョコレート その1

我が家の近くにはイオンがあるのですが
催事場のスペースでは先週まで冬物衣料のセールが行われていましたが
今週にはすっかりバレンタインの売り場に様変わりしました。

そんな季節ですね。

バレンタインデー 
日本では女性が好きな男性にチョコを贈る日となっていますね。

なぜ
このような風習が出来たのか
というのは毎年の話題ではないでしょうか


諸説の中には
チョコレートメーカーの戦略?策略?なんてのもよく耳にしますよね

そもそも
何故「バレンタイデー」と呼ばれるのでしょうか

英語に記すと
Saint Valentine’s Day
ですね

訳すと
聖バレンタインの日
となりますね

西暦3世紀頃、ローマにいた
キリスト教司祭のバレンティヌスから由来しているという説があります。

当時のローマ帝国皇帝 グラディウス2世は
愛するものを故郷に残してくる兵士がいると士気が下がる
という理由で兵士の結婚を禁止していたそうです。

それを哀れに考えていたウァレンティヌス司祭は、兵士のためにこっそりと結婚式を挙げていたそうです。

しかし
秘密の結婚式は、やがて皇帝グラディウスの耳に届きます。
皇帝から禁止令を受けていたウァレンティヌス司祭は命令に応じず
最後には処刑されてしまうことに・・・・
その処刑の日が2月14日
ウァレンティヌス司祭はルペルカリア祭に捧げる生贄となりました。

こうして
元々はローマの祭日であったルペルカリア祭は
キリスト教徒でも恋人たちの日として祝われるようになったと言われています。
しかし
これも諸説のひとつですし
ウァレンティヌス司祭についての実在性も明らかになっていないため
現代のカトリック教会においては
バレンタインの記念日は祝日となっていないそうです。


さて
バレンタインにチョコを贈るというのは
日本独特の風習だそうです。

1970年代の後半ごろに
バレンタインの日にチョコレートを好きな人に贈るというのが
定着したようです。

それが昨今となっては
義理チョコ
友チョコ
逆チョコ
自己チョコ
いくつかのパターンが出てきて益々
チョコレートメーカーは売上が上がって
心踊る季節なのかもしれませんね。


ちょっと長くなってきました・・・続きは次回へ・・・
posted by 省吾 at 20:22| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年12月19日

アソシエーション・フットボール

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アソシエーション・フットボール
すなわち
サッカーのことであります。

今や第二の国民的スポーツなったであろうサッカーですが
私の学生時代はまだJリーグもありませんでしたので
ややマイナースポーツであったと思います。

確率から考えても当たり前でしょうけど
参加する人口比率も上がったのもあり
今や日本は強くなりましたね。

私自身は中学の2年の秋口からサッカー部に所属していました。
当時
週間少年ジャンプの漫画で
「キャプテン翼」が流行っていたこともあり
中学2年になってから学校がある日の朝礼前や昼休みには集まって
サッカーをやってました。

中学入学時の部活の選択は
小学校のときにやっていた卓球部に入部していました。
しかし
休み時間にやっていたサッカーのほうが面白くなり
卓球部のキャプテンを務めていましたので
このことが先輩に発覚した際は
呼び出されて激高されました。

サッカー部の人数も少なかったので
学校で学年一番に足が速かった私はレギュラーにすぐになれました。
しかし
顧問の先生はサッカー専門ではなかったので
セットプレーの練習は皆無でした。

だからということもありませんでしたが
弱小チームではありました。
まあ
ぽっと入った私がレギュラーになれてしまうので
そんなものでしょうとは思いますけどね。

中学の3年の夏には受験のための引退時期が来たので
部活は活動休止となりましたが
昼休みのサッカーだけは続けており楽しんでいました。

高校は商業高校へ進学したのですが
男子の生徒数が少ないのもあり
サッカー部がありませんでした。

新設しようと有志で集まりましたが
新設要件の顧問2人が確保できず断念し
また卓球部に入りました。

進学した高校は部活入部が必須であったため
とりあえず入りましたが
この頃はバイクレースのレーサーになりたいと
考えていましたので
16歳になって原付の免許を取るまでの
つなぎと考えていました。

話が逸れだしたので戻したいと思います。

Jリーグが設立になったのが1992年
私が23歳ころです。
バイク三昧な日々でしたが
深夜放送などで世界のサッカーが放映されていると
見ていたりしていました。

それなりに世界の動きの速さには感動を覚えていたなか
Jリーグの試合を見ると
その差は大きく見ていても面白くありませんでした。

世界のサッカーで見れるスーパープレーは
そのころのJリーグにはありませんでした。

それから徐々にではあると感じていますが
TVで放映される=認知度が上がる=参加人数が増える=レベルが上がる
という構図が成り立ったと思います。

Jリーグは見ないけど代表戦は見るみたいなことは続けていました。
そのなかで感動を覚えたのは中田選手の動きでした。

どの試合かは覚えていませんが
まだ世間で中田選手が騒がれていない時でした。
それまでの日本選手に無い
パスの正確性に感動していました。

時代は流れ第二のというのは
おこがましいくらいサッカーは人気スポーツになりましたね。

ちょっと羨ましいところではあります。

ワールドカップも近年本大会のグループリーグまでは駒を進めるようになってきて
たしかに
動きも変わってきたな~って思います。

批評では無いです。
単なる感想ですよ~

つぎは東京オリンピックですかね
日本代表がんばってほしいですね!





posted by 省吾 at 20:30| 日記 | 更新情報をチェックする