2018年12月19日

アソシエーション・フットボール

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アソシエーション・フットボール
すなわち
サッカーのことであります。

今や第二の国民的スポーツなったであろうサッカーですが
私の学生時代はまだJリーグもありませんでしたので
ややマイナースポーツであったと思います。

確率から考えても当たり前でしょうけど
参加する人口比率も上がったのもあり
今や日本は強くなりましたね。

私自身は中学の2年の秋口からサッカー部に所属していました。
当時
週間少年ジャンプの漫画で
「キャプテン翼」が流行っていたこともあり
中学2年になってから学校がある日の朝礼前や昼休みには集まって
サッカーをやってました。

中学入学時の部活の選択は
小学校のときにやっていた卓球部に入部していました。
しかし
休み時間にやっていたサッカーのほうが面白くなり
卓球部のキャプテンを務めていましたので
このことが先輩に発覚した際は
呼び出されて激高されました。

サッカー部の人数も少なかったので
学校で学年一番に足が速かった私はレギュラーにすぐになれました。
しかし
顧問の先生はサッカー専門ではなかったので
セットプレーの練習は皆無でした。

だからということもありませんでしたが
弱小チームではありました。
まあ
ぽっと入った私がレギュラーになれてしまうので
そんなものでしょうとは思いますけどね。

中学の3年の夏には受験のための引退時期が来たので
部活は活動休止となりましたが
昼休みのサッカーだけは続けており楽しんでいました。

高校は商業高校へ進学したのですが
男子の生徒数が少ないのもあり
サッカー部がありませんでした。

新設しようと有志で集まりましたが
新設要件の顧問2人が確保できず断念し
また卓球部に入りました。

進学した高校は部活入部が必須であったため
とりあえず入りましたが
この頃はバイクレースのレーサーになりたいと
考えていましたので
16歳になって原付の免許を取るまでの
つなぎと考えていました。

話が逸れだしたので戻したいと思います。

Jリーグが設立になったのが1992年
私が23歳ころです。
バイク三昧な日々でしたが
深夜放送などで世界のサッカーが放映されていると
見ていたりしていました。

それなりに世界の動きの速さには感動を覚えていたなか
Jリーグの試合を見ると
その差は大きく見ていても面白くありませんでした。

世界のサッカーで見れるスーパープレーは
そのころのJリーグにはありませんでした。

それから徐々にではあると感じていますが
TVで放映される=認知度が上がる=参加人数が増える=レベルが上がる
という構図が成り立ったと思います。

Jリーグは見ないけど代表戦は見るみたいなことは続けていました。
そのなかで感動を覚えたのは中田選手の動きでした。

どの試合かは覚えていませんが
まだ世間で中田選手が騒がれていない時でした。
それまでの日本選手に無い
パスの正確性に感動していました。

時代は流れ第二のというのは
おこがましいくらいサッカーは人気スポーツになりましたね。

ちょっと羨ましいところではあります。

ワールドカップも近年本大会のグループリーグまでは駒を進めるようになってきて
たしかに
動きも変わってきたな~って思います。

批評では無いです。
単なる感想ですよ~

つぎは東京オリンピックですかね
日本代表がんばってほしいですね!





posted by 省吾 at 20:30| 日記 | 更新情報をチェックする